札幌高等裁判所 昭和28年(う)19号・昭28年(う)17号・昭28年(う)18号 判決
被告人鄭海湜同徐英煥に対する弁護人の控訴趣意第一点(憲法違反の主張)について。
弁護人の論旨は本件は麻薬取締官が黒人兵を囮に使ひ被告人等に麻薬を売却させたもので新な犯罪の実行を誘発するような「ワナ」を設けて被告人等に犯罪の実行をなさしめ犯人を作るような仕方であつてその手段が憲法第十三条に規定する自由権の保障を侵害するもので、合憲性を欠くものであるからこれを基礎とする原判決は当然判決に影響を及ぼすものであるから原判決を破棄し無罪とすべきである。というのであつて、捜査の手段が合憲性を欠くから麻薬の譲渡行為が犯罪の成立を妨げるというのか又は何が故にいづれが無罪になるというのか論理が飛躍して判明しないが、いずれにしても、本件事案は原判決挙示の証拠によると被告人等の麻薬の所持については囮と直接関係がなく前段認定のとおり犯罪が成立することが明かである。麻薬の譲渡については、被告人鄭が麻薬を譲渡したのは麻薬取締官中村某が千歳の空軍調査事務所に行つたとき同所のベケツトから、市街で常時麻薬を買つている黒人兵がいるが、その黒人に買つてこさせようかというので右麻薬取締官が同人に頼み黒人兵ビリー、フランクリン、リーが右被告人鄭から買受けたものであり、又徐英煥の場合は麻薬取締官森井進が右徐を逮捕に行つた際同人が住居にいなかつたので、前記ベケツトに聞いたところ、兵隊は常時麻薬を売つている場所を知つているであろうから、兵隊を放して買ひにやらせてやろうとの申出により前記黒人兵ビリーが右被告人徐から買ひ受けたものであつて、囮になつて、麻薬を譲受けたのは右ビリー、フランクリン、リーであつて被告人等は同人に各譲渡したものであることが明かである。そうして、原判決に挙示した証人ビリー、フランクリン、リーの供述によると被告人等には誰にでも麻薬を売却する意図があつたことが認められ、本件においては「囮になつた右ビリーは単に麻薬を買受けたのみで、被告人等の意思決定を左右したものでもなく、譲渡の意図がある被告人等にその機会を与えたに過ぎないものであつて被告人等にして、若し譲渡の意思がなければ、自由にこれを拒絶して犯行を避け得られるのであるから、麻薬取締官の執つた手段を目して、憲法第十三条に規定する自由権の保障に違反するものとは認められないので本件被告人の行為の違法性及び責任性を阻却すべき何等の理由も存しないものである。従つて有罪と認定した原判決には所論のような違法はない。論旨は理由がない。